――――別に、なりたくて魔法使いになった訳じゃない。 塾の帰りに偶然魔法使いの館へ迷い込んで、勉強の間の、ちょっとした気分転換のつもりだった。 まだ中学三年生になりたてで一年後には高校受験とやらが控えている身の上。両親の期待は大きく、自分も可能な限り上を目指してみたいと思っていた。 だからそれは少女にとって本当に、気分転換のお遊びのようなものだったのだ。 魔法使いには大勢の弟子が居て、子供から腰の曲がった老人までととかく節操が無い。どこから現れ、またどこへ去っていくのか、いつも不思議なくらいに気が付けば消えていた。 魔法といってもゲームみたいに火を出したり傷を癒したりというようなものとは違うらしい。 『神秘に身を溶かして、そこに宿る願いを聞きなさい』 魔法使いが最初に教えてくれたのはそんな言葉だった。 よくは分からなかった。しかし、館の中で何にも考えずにぶらぶらと遊んでいると、いつしかその神秘とやらが読み取れるようになっていた。後はトントン拍 子。九九を覚えるように魔法を納めていった少女を周囲は徐々に倦厭していき、しかし魔法使いは大変喜んでもっともっとと魔法を教えてきた。 正直、自分でも困るくらいにのめり込みそうになっていて、少しだけ不安だった。 この前の模擬試験では点数を落としてしまったし、館の外でも神秘を読めるようになったおかげで通学中に危うく事故に合いかけた。だけど次第にそういうこ とが気にならなくなっていって、家で部屋に篭っても何もせず横になっていることも増えた。普段からもやや呆っとしてしまう事が多くなり、両親からは勉強に 根を詰めすぎているのではないかと心配されもした。 大丈夫だから、そんなに構わないでと言うと両親から何かを言われることも少なくなった。姉が稀に何かを話しかけてくるがほとんど耳に入らない。次第にそれもなくなっていった。 そして気付けば、魔法使いの館でも教室でも、少女は一人になっていた。 学校でも塾でも家でもあまり人と話さなくなり、館に行っても皆は少女を避ける。 彼らに魔法は使えないから。 彼らは、現実という世界に囚われすぎているのだと思った。ここで幾ら御伽噺の世界を体験しても、皆現実に戻れば学校に行くし仕事もする。それが分かって いるから、いつだってその時間になれば帰って行く。気が付けば居なくなっていたりしたのは、少女がそれだけ魔法にのめり込んでいたからだったのだ。彼らは 完全に御伽噺へ入り込めずに境界線の上で足踏みをしているだけ。 現実を抱えていては神秘なんて読み取れない。 それらすべてを捨て去った先に、魔法は身を顕すのだ。 魔法使いとは、御伽噺の住人なのだから。 でも、それでも――――寂しさを感じない訳ではなかった。 孤独は魔法使いをより高みへ導いてくれる。教えてもらうまでもなくそう体感した少女は更に孤独な生活を送り、高校に入ってからは両親に一人暮らしをすると嘘を言って館で暮らすようになった。 寡黙で目立たず、出席日数ギリギリながらもテストでは常に上位。教師から何を言われるでもなく、自然と見に付いた近寄り難い雰囲気から声を掛けてくる同級生も居ない。 入学から一ヶ月が過ぎた頃には、少女の位置は確立されていた。 相変わらず館には大勢の人が来る。いつしか彼らが現実から逃げてようとしているだけなのだと知った。だが、だからこそ彼らは神秘を読み取れない。逃げたいという想いは何よりも現実に縛られている証拠なのだから。 魔法使いも無口だった。 二人で館に入っては様々なガラクタを漁り、そこに宿った願いを聞き、届ける。 一つとして同じものはない。 穴の開いたジョウロからは枯れてしまったアサガオがまた元気になりますように、なんていう女の子の願いが宿っていた。タイヤの取れた車の模型には何故か受験に成功できますようにという願いがあって、少女は少し懐かしい気持ちと共にそれを届けた。 願いや想いの近くに長くあれば、直接関わらずとも思念は宿る。その分効果も薄くなるのだが、そもそもこのガラクタは館にやってくる者達が集めてきたもので、おそらくは随分昔の願いなのだろう。今更なのかもしれない。 それでも届けた願いは形を変えてその人へ訪れる。 きっとその人を幸せにしてくれる。 毎日毎日そんな事を繰り返していた。 飽きもせず、魔法を使っては次を探す。 時折顔を見合わせては言葉も無く笑いあった。 それが、とても楽しかった。 だが運動会を早退し、いつもどおり館へ行った日、大きな転機があった。いつもふわふわと浮遊するように歩いていた魔法使いが館の裏庭で倒れていて、大勢の人が涙を流して泣いていて、そして―――― 次の日から、その館は少女のモノとなり、名実共に魔法使いの名を継いだ。 それでも人は集まってくる。 昨日まで少女を倦厭し、避けていた者達が崇める様な視線を向けて擦り寄ってくる。それを退屈そうに受け流して、少女はやはり館でガラクタを漁った。 学校へも余り行かなくなり、時折庭に顔を出しては自分と同じような性質の人間を探した。 飽きたのではない。退屈なのではない。 少し前までは、語らずとも同じ楽しみを共有してくれる友が居た。だが今や少女の気持ちを分かってくれる者はおらず、孤独は軋みをあげて押し寄せてきた。 おそらく、あの魔法使いも同じ気持ちを抱いていたのだろうと、ようやく気付いた。 ミシ―――― その音を聞くようになってからは、館の裏庭にある木の元へ行くことが増えた。 それは先代の魔法使いが大切に育てていた木で、彼が死ぬと時を同じくして成長を止めてしまった。死んでしまったのとは違う。だが、すっかり葉が落ちきってしまった後、新しく緑は生まれず白い幹だけを晒しているだけだ。 彼はあの日、この白木へ寄りかかるようにして息を引き取っていたという。 あの魔法使いの願いはなんだったのだろう。 もし願いが宿るとするなら、きっとこの木に宿っている筈。そう思って一生懸命神秘に身を溶かし、耳を傾けても、一向に願いは聞き取れなかった。 少女は絶望した。 目の前に彼の願いがある筈なのに、その一番近くに居た自分が何故聞こえないのか。人としての彼は知らずとも、魔法使いとしての彼なら誰よりも分かり、ま た分かって貰えていたと思っていた。その彼が突然途方も無く彼方へ行ってしまったようで、かつての日々さえ否定されてしまったようで――――少女は足元か ら崩れ落ちた。 自分を支えようと触れた手に伝わるのは艶やかな木の表面の感触。 瑞々しさを残すその木とは正反対に、少女の心は酷く乾いていた。 体の中身が次々磨り減っていくような、圧倒的な飢餓感。 魔法が使えるようになったのを知った魔法使いの喜びようは凄かった。館へ来ると飛びつくように腕を取られて中へ案内されたり、それを警戒してこっそり様子を伺うととても寂しそうな表情で俯いていたり。 だがそれは、本当にそうだったのか? 「っ――――!?」 突如、胸を内側から貫かれたような痛みが奔り、少女は座り込んだ。 世界はいつの間にか灰色だった。 ミシ、ミシ―――― あの音がやってくる。 知らず涙が流れた。意味が分からなくて目元を拭うも、次々溢れる涙は一向に収まらない。嗚咽で喉に痛みが走り、思えばもう随分言葉を発していない事に気付いた。 立ち上がる力が湧いてこない。 だらりと木へ凭れ掛かるように身を預け、いつかの魔法使いを幻視した。 孤独、それが魔法使いの宿命だ。 現実から離れれば離れるほど、神秘を読み取りやすくなる。願いをより強く届けられるようになる。しかし御伽噺の世界へ入ってこれる人間は稀で、少女はあの魔法使い以外を知らない。 軋む音は鳴り止まず、痛みは激しさを増していく。 このモノクロの世界で少女は生きていかなければならない。 魔法を手放す事も、現実へ戻る事も出来ずに。 瞼を閉じ、意識を手放す――――直前、 「ねえねえ、魔法使い様の部屋ってどこかな?」 能天気な声に引き止められた。 涙を拭うのも忘れて振り向くと、声の主の少年は真剣な顔になって近寄ってきた。少女とそう歳の違わない、高校生くらいだろうか。 「怪我したの? 大丈夫?」 「ぇ………ぁ………………その、だいどお――――大丈夫で、です」 思わず舌を噛み、恥ずかしくなって顔を俯かせる。 「っはは!! それなら良かった!!」 快活な声。 心満たされるような、不思議な感覚。思えば、こんな無邪気な声を聞いたのはどれほどぶりだっただろうか。 「なんとか着いたはいいんだけどさ、中に入ってから迷っちゃって。この辺誰も居なくてまいったよ」 館の裏庭には少女が魔法使いになってから誰も入らないようにと言ってあったからそれでだろう。神秘も読み取れないような人間に、あの魔法使いの願いが篭ったこの木を見せるのも嫌だった。 「庭に居た人達にとりあえず魔法使い様に挨拶してこいって言われて来たはいいんだけど、やっぱりこの館って大きすぎない?」 「……そんな、こと…ありません…………」 否定しようとするが、たどたどしくなって思わず尻すぼみにしてしまう。上手く声が出なくて拗ねているような声になってしまった。 しかし、この場所へ文句を言われる事があの魔法使いへ文句を言われているような気がして、少しだけ苛立ったのも確かだ。 「まあ慣れるとどうにかなるもんかなぁ。ねえ魔法使い様ってどこに居るか知らない? 中で呼んでも出てこないから探しに来たんだよね」 咄嗟に言葉が出ず、 「きっとすっげぇじいさんなんだろうなぁ。もっさもっさの髭蓄えて杖とか持っててさ」 「その………」 「ん?」 「…………今日は、もう、お休みになってるから……会えないと思うよ」 嘘をついた。 何故か、今のこの瞬間を壊したくなくて。 「そっかぁ、折角魔法教えてもらおうと思ったのになぁ。今日は帰るかな」 「わたっ!! こほっ、こほっ……………………私、で、良かったら、教えられるよ」 「魔法使えんの!?」 「………………うん」 「すっげぇ、皆魔法使うのは物凄く難しいからって言ってたのに、なんだ俺と同じくらいの子でも使えるんじゃんか」 「最初が出来れば…………後は難しくないよ」 「やっぱ炎属性の魔法がいいな!! こう、なんというか、ドバーっと化け物を退治できるみたいなのがさ!!」 「そ、そういうのはないの……」 「ええ!? 魔法なのに?」 「…………ごめん、なさい」 「あぁ、ごめんごめん。そっかぁ、ないんじゃ仕方ないよな。どんな魔法でもいいから俺にも教えてくれ、な?」 身を竦めて謝ると、少年は困ったような、優しい声で言ってきた。 あくまで少女を気遣うもので、生暖かい泥みたいな、気持ちの悪い擦り寄りとは違う。魔法に対してだって純粋で、夢を見るような気持ちで居る。 もしかしたら。 そう思うと胸が熱くなった。 「そういえば君、名前は?」 どれくらいぶりだろうか。魔法使いとしてではなく、人間としての名前を聞かれたのは。 「天野 司」 「司? なんか男か女か分かりにくい名前だな」 「んん〜〜〜、っ………」 無意識に出た唸り声に顔を赤くして俯く。 彼の言葉が異様に気になってしまう。 「ごめ〜んごめ〜ん」 軽く笑顔で流されるとますます腹が立つ。 「俺は藤堂 翼な。よろしく、魔法使いの卵さん」 「藤堂……翼」 「おう、空飛べる翼だぜ? 魔法なら空飛ぶくらいできないのかなぁ、やっぱりこの名に賭けて飛んでみたい!!」 「試したこと無いからわかんない」 「魔法使い様なら知ってるんじゃないのか? ほら、傘広げて飛ぶとかさ」 「知らないもん」 言って拗ねると、背けた先に手が差し出された。 「まあ無くても作ればいいんだから、なんでもいいや」 「作る?」 「おう、今の魔法だって誰かが考えて作ったんだろ? なら新しい魔法の一つや二つ作れないって決まってる訳じゃない。無ければ作る、無理でも押し通す。押して駄目ならもっと押せが俺の信条だ」 「………作るんだ」 考えもしなかった事だ。 応用やより良い方法を考えもしたが、まったく別の魔法を一から考えるなんて。 「でも」 少女、司は少しだけお澄まし顔になって少年、翼を見つめる。 「まずは基本が出来てからだよ」 「おう、任せとけ!!」 少女は立ち上がった。 いつの間にか涙は止まり、モノクロの世界には鮮やかな色が満たされていた。触れる指先は温かく、その熱が腕を通じて全身へ伝わっていくのを感じた。 軋みの音も遥か遠く。 今は、彼の声がすべてだった。 ※ ※ ※ 「あっれぇえええええ!?」 あれから毎日、翼の修練に付き合っている。 「だめ……だよ、ちゃんと集中しないと……」 翼は確かに純粋で、一生懸命で、自由だった。 「してるー!! してるよ俺はー!!」 だからこの屋敷に満ちた神秘にゆっくり慣らしていけばきっと魔法使いにだってなれると思う。が、問題なのは本人にまるで落ち着きがないということ。ぎゃーぎゃーやかましい神秘なんて聞いた事がない。 「ポーズは…………取らなくていいから」 「いやコレは俺の内から湧き出る熱いパトスを大自然と同化させる決めポーズでだな」 「……でも、手…とか…足とか無意味に上げないほうが…………」 「それだと今一決まらないじゃないか」 「決まらなくて……いいんだよ」 「男としては格好付けたいんだ。どうだ? 決まってるか?」 「あはは……そうなのかな」 「そうとも、キリッ!!」 「…………………」 「頼むから信じられないもの見るような顔しないでくれ」 「翼……自信過剰」 「司は口下手だよな」 「んん〜〜」 「ほらほら拗ねない。もっぺんやってみよう、とりゃあああ!!」 「……掛け声は…いらないよ」 静かにしていなければいけない、なんてことはないが、それでも怪しげな祈祷の如き叫びは要らないと思う。せめて歌であれば効果的なのだろうが。 言っても言っても翼は変わらない。 真剣に教えるのだからと屋敷に残された本を夜遅くまで読んで勉強している自分がむなしくなるくらいに。 とはいえ、衝動的に体が動いてしまうのも確かなようで、下手にそれを強制するのも拙いと本にはあった。形はそれぞれでも構わない、ただ、それが適合するかどうかは別問題。 確かに素養はある。だが、彼の性質が魔法に合っていない。 その事に気付きながらも司は教えるのを止めなかった。 「そういや、今日も魔法使い様はお休みなのか?」 「……うん、最近体調が良くないみたいだから」 「そっか、なら仕方ないや」 嘘をつくのが癖になっていた。 別になんでもない。自分が魔法使いだと言っても翼ならすんなり受け入れてくれるだろう。だが不安は常に付きまとい、この程度と言い訳をする。 けれど言葉はいつでもささくれ立っていて、告げる度に痛みを伴う。傷は血を吐き出して、それが塊となって奥底に沈殿していく。 「神秘よ集えええええ!!」 神秘に身を溶かして、そこに宿る願いを聞きなさい。そう教えたというのに、彼はいつまで経っても習得できない。色々な形があるといっても、あれは願いを 聞くどころか自分から一方的に話し掛けているだけだ。それ以前に、神秘に身を溶かすどころか自分を確固たる形として現しているせいで一向に溶け合う気配が 無い。 どろどろと黒いものが己の中に渦巻いているのを司は感じていた。それはお腹の下辺りに不快な重みを蓄積させ、時折物凄い勢いで喉元へせり上がって来る。 それがとても嫌で、汚い自分を隠したくて、司はあまり翼を見ないようにしている。 やはり駄目なのか、そう思うとまた軋みが押し寄せてきそうで必死になって考えないようにしていた。 ほんの一瞬でも抱いた希望が絶望へ摩り替わる。 けれどそう思ってしまう自分が嫌で、一生懸命笑顔を作ろうとするけど、長い間表情なんて浮かべてこなかったせいか上手く出来ない。 色んな気持ちが同居している。 「むぅ………さっぱり聞こえん」 翼が腕を組んで座り込む。 目の前の白木をじぃっと見つめて首を傾げるが、すぐにそのまま後ろ手をついてだらりと頭を後ろへ垂らす。目線が合って、少しだけ、ほんの少しだけ恥ずかしくなって顔を背けた。不意打ちは苦手だ。 「この木って不思議だよな」 言われ、目を向けたのはかつての魔法使いが大切に育てていた、時間の止まった木。葉が落ちきっても新しく生えもせず、かといって枯れもしない。今も瑞々しい白い木肌でそこに佇んでいる。 今まで誰にも見せずにいたこの木の近くで修練するのが不思議と嫌ではなかった。 「なんかさ、触れてるとすっげえあったかいんだ」 彼がそう言ってくれる事は純粋に嬉しい。 「俺、最初にここに来たときも、なんか呼ばれた気がしたんだ。そしたら司がメソメソしてて、颯爽と俺が粋な言葉を――――」 「能天気に道聞かれたんだよ」 「ん〜そんな気がしないでもない」 「そうだよ」 「でもさ、この木に触れてて何かを感じるのは本当なんだ。司が言う魔法なのか、俺がそう感じてるだけなのかは分かんないんだけどさ。なんというか……声っていうより音色みたいな…………ん〜」 「本当!?」 突然大きくなった司の声に翼は驚いた表情を浮かべ、眉を寄せ、姿勢を正して真剣な顔を白木へ向ける。 「でも司に言われたみたいな神秘に身を溶かす〜とか、そんなのはまったく。同じようにやってみても他のじゃまるで感じないし」 「それでも、何かを感じるのならキッカケになるかもしれないよ」 何より、司には何も感じられなかった白木へ宿る願いを彼は感じているかもしれないのだ。それがせめて叶えられたのなら、そう思うと急に涙が溢れ出した。 あの魔法使いの願いを叶えたい。 想いは翼と出会ってからも変わっていなかった。いろんなものをくれた彼へ、せめて精一杯の魔法を送りたい。たとえ、魔法使いの事を何も分かっていなかったのだとしても、それだけは揺るがない司の想い。 「そうだな」 珍しく翼の声が穏やかだった。 今、翼に司の様子は見えていない筈だが、彼の声は子供をあやす様なとても優しい声で、 「俺、この木に宿る願いをもっと叶えたい。その為に頑張るよ」 ジン――――と、胸元から全身へ熱い何かが染み渡っていった。 何故か顔が紅潮してきて、不自然なくらい動悸が激しくなる。でも、不快なものとは違った。衝動的に翼へ飛びついていきたくなって、慌てて留まる。そして何故そんな風に思ってしまったのか、ぐるぐると熱が回り回って思考が定まらない。 心地よかった。 風に揺れる彼の髪一本一本の動きすら目で追ってしまう。 大きな背中は男の子のものだ。 そう、彼は男の子だった。 そんな当たり前のことを今更自覚した。 「私、その木に宿る願いを叶えたいの」 「・・・・約束する。俺が絶対に叶えてやる。どれだけ掛かるか分かんないけど、それでもきっと」 ※ ※ ※ それから随分、時は流れた―――― 常世から剥離した幻想の中で、神秘に身を委ね、今も魔法使いは願いを届け続けている。 一人、そう――――たった一人で。 あの日少年と別れてから間も無く、町で大規模な火災が起きていたのを彼女が知ったのは、随分後になってからだった。 約束を交わしたあの日から十年後、魔法使いの元へ一通の手紙が届けられる。 差出人の名前は『藤堂 翔』。
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