「いい? これはね、ホルノスの王族でも正統な後継者である女にしか伝えられていない秘密なの」 その日、母はいつものように優しい笑顔でシルメリアを見ていた。 誰も居ない、誰も知らない祭壇で、二人っきりの密談。近頃どこかへ出かけてしまう事の多かった母が夜中にこっそり連れてきてくれた場所。 わくわくする気持ちと、ドキドキする気持ち。 久しぶりに話した母へ力一杯甘え、シルメリアは少し、まどろんでいた。 「セイラムはこの地から去ってしまう前に、自分の子供をこの世界に残していった」 それは知っていた。セイラムがこの世界に降り立ってからずっと彼女に仕え、支え続けてきた騎士ベルクハルトとの間に生まれた娘。名をサラ。 セイラムの去ったホルノスはその子供を王女として祀った。 それが、ホルノス王族の起源となっている伝承だ。 「だからね、私やシルには神様の力が宿っているの」 「うん」 母、セシリアは擦り寄ってくるシルメリアの髪を愛おしそうに撫で、語りかける。 「これは言い伝えとかじゃなくて、本当の事」 「ほんとうのこと?」 そう、と頷く母を、シルメリアは疑わなかった。 大好きな母。物心付いたときには既に死んでしまっていた父親への多少の憧れはあるが、彼女にとっては母親が一緒に居てくれるというだけで満ち足りていた。だから、その母が言う事に疑いを持ったりはしない。 「じゃあわたし、セイラムみたいにつばさがはえたりする?」 「うん。綺麗な、純白の翼。お母さんの翼、シルにだけ特別に見せてあげるね」 顔を上げると、視界は光に包まれていた。 真っ白な光。その中で微笑む母の背には間違いようのないくらいはっきりと、美しい純白の翼があった。 「きれい・・・・・・」 見惚れていると、突然抱きしめられた。 僅かな驚きと甘えられる嬉しさに笑い声を漏らす。 「でもこれは秘密の事。安易に使っちゃ駄目なの。じゃないとね、皆が前を向いていけなくなっちゃうから」 声色はどこまでも優しかった。 だがその奥底になにか引っかかるものがあった。シルメリアはそれを確認しようともがくが、セシリアは強く抱き締めそれを抑える。 「おかあさん・・・・」 「ごめんね、シル。ずっと一緒に居てあげたかった。貴女が大きくなっていくのを見たかった。いつか貴女が、私があの人と一緒になったように、そうなる貴女が見たかった。娘の子供を、一番最初に抱き上げるのがずっと夢だったの。貴女の時は疲れて眠っちゃったから」 声が小さく震えていた。 シルメリアはなんとか抜け出した右手で母の頬を撫でる。 「おかあさん、だいじょうぶだよ。ずっといっしょだよ。だから・・・・・・泣かないで」 辛かった。理由は分からなかったが、母が心を痛めている事が辛かった。 大好きなお母さんだから、泣いていると思うと泣きたくなる。 頬に触れていた手を母が握った。そうすることで開放されたシルメリアは、光の中で微笑みを浮かべる母を見る。哀しい、笑顔。 「ごめん、ね。・・・・やっぱり我慢できなかったよ。でも安心して、なにがあっても貴女だけは絶対に守るから」 すると、光が一段と強くなった。 「“セイラムの因子”を貴女に託す。この力は、貴女を守ってくれるから」 翼が消えた。 「だけど出来るなら、あまり使って欲しくはない。それが必要にならないであって欲しい。だから、この力は一度封印するね」 暖かい光が己に満ちるのをシルメリアは感じた。今まで見ていた光。母の光。 「これから一杯辛い事があると思う。でも、挫けないで。私はずっと、貴女と一緒だから」 「おかあさん?」 これは革命前夜のお話。 「じゃあね、シルメリア」 それが母と子の、最後の会話だった。
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天から差し込んだ一条の光、それを覆うほどの光が、今度は地上から放たれた。 斬られ、肩から血を流すローティはふらつきながらもそれを仰ぎ見る 「………綺麗なものだね、七年ぶりに見るあの光は」 「貴様、何者だ」 ファリスの声には強い敵意を感じた。 あれほど貫いていた無表情はどこへ行ったのか。 「面白い質問だ。ならば、君は一体何者だ?」 「言葉遊びをするつもりはない」 「大切な話さ」 口元には笑み。意図して作ったつもりはなかったが、自然とそうなった。 「ファリス=ゼブライト、君は一体誰なんだ?」 答えは来ず、踏み出す足が地面を叩いた。
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光は黒雲を貫き、広がった。闇を呑み込むように。 市壁に程近い通りにブレスタン=コーリアスは立っていた。 「『ルモリア』は? 逃がしたの?」 「あぁ、その方がいいだろう?」 道に転がる男を一瞥し、黒のローブを羽織った女が笑みを作った。見る者を惑わせ、誘う妖しい笑み。彼女が掌に紫色の光を灯すと、周囲で動きを停止していた白骨の人間が消え失せる。 「悪趣味っていうのよ、こういうの。彼、本気で自分を守ってくれるって思ってたみたい」 「同情するかい?」 「昔のままだったら。でも、もう狂っていたみたいだし、どうでもいい」 「そうか」 闇の晴れた町にはまだ火の手が残っている。 『大火災』はまだ終わっていない。 ブレスタンが空を仰いだのと、人影が落下してくるのはほぼ同時だった。間がいちいち良過ぎる、と女は砂埃を避けるように口元を隠し、闖入者を見やった。 「あら、シャルマにディーター。二人も追加? これだけ入り乱れると危険じゃなくて?」 「たぶん大丈夫だよ。折角なんだから少しハメを外すくらいでいいんじゃないかな」 「あの新入りは?」 「彼の好きにさせる」 「いっそ死んでくれた方が楽ね」 まあまあ、とブレスタンは困ったように楽しむように窘める。 「じゃあ行こうか、セシリー、シャルマ、ディーター」
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市壁の外、避難してきた者達が呆然とそれを見上げていた。 たった一人を除いて。 「目を背けてはいけません、クローディア=セレンディアス」 俯く者に叱咤が飛んだ。女性にしては大柄な体つきで、風格さえ漂わせるクローディアに対したのは、成人を迎えたかどうかという年齢の少女。見るからに細く、繊細さを感じさせる姿は少女の身分を想像させるのに十分な要素があった。 「これからです」 柔らかな、強い意志。 「果たせなかったと悔やんだのでしょう? ならば今度こそ果たしてみせなさい」 光は更に広がった。 「クゥナ………ここからだよ。辛いけどきっと貴女なら大丈夫」 果てしなく、遠くまで。
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グリヘン山脈の北端、カストロフィア。 広大な山脈を国土とする国の片隅に巨大な砦が存在する。 「光が差したか」 その主たる男は遥か南方を見据え、口の端を吊り上げる。 黒い髪に屈強な肉体。腰に挿した剣や手に負う槍は簡素なものであるが、それ故実用だけに特化された逸品だ。 男はそれを己の相棒、飛竜へ背負わせていく。 竜といっても人の三倍程度しかない大きさの比較的小さなものだ。 「なに見てんだヴァイス」 窓から遠くを見ていると、小柄な青年が寄ってきた。 「光だ」 「光って……お〜すげぇ綺麗だな、なんだアレ?」 「知らん。だが、出陣前の景気付けには丁度いい」 ここから南方といえばノンスイーストという同盟国があった筈だ。その隣国は確か、ホルノスという天使に纏わる伝承の残る地だと伝え聞いた。未だ行った事はないが、 「あそこに行って、直接見てみたいものだな。何が起きているのか」 二人が揃ってなにかをしていたからか、同じように準備をしていた者が集まってきた。 「美しい光だ」 「しっかしどこまで続いてるんだろうなアレ」 「そりゃ天の先だ。神の居る国に決まってるだろ?」 皆屈強な体つきで、まさに戦士と呼ぶに相応しい者達だった。 だがその中心に居る男は、まるで子供のように無邪気な笑顔で言う。 「いつかあの場所も見てみたいな」 「おぉ、始まったなヴァイスの世界征服願望」 ちゃかしたように言う仲間の言葉を、得意げに彼は受け止める。 無理だと誰もが思うのは理解している。だが諦めるのには勿体無さ過ぎる大きな夢だ。ならば、叶える為に行動するのが男というものだろうとヴァイスは思う。 「ジール、ラッセル、アベル」 友の名を彼は呼んだ。 「ん?」 「どうした?」 「おうよ」 それに、それぞれがそれぞれの言葉で応じた。 「付いてきてくれるよな? 世界の果てまでも」 「「「任せとけ」」」
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大陸中部北西側、エオルド。 大陸を半ばまで切り裂くような広大な泉を望む高原の館で、二人の男女が寄り添いながら光を眺めていた。背後から別の男の声が掛かる。 「なんとも、下らない光景だ。そう思わんか?」 「……感情的意見でそうだとしても、この下らない国にとっては重要な情報だろう?」 皮肉に応じる声もまた、皮肉じみている。 「どうせ最初から分かっていた話だ。こうなる、いずれはこうなると定められていたんだ。誰も逃げられやしないのさ。今更騒ぐほうがどうかしてる」 「貴女の考えは逃げね」 「そうかね? ならば問うが、君のソレは、逃げではないと?」 少し切り込みすぎたかと男は苦笑。だが言葉を失った女は傍らの男に抱きしめられ、程なくして大人しくなる。全く、と胸中でため息をした。
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大陸北端、極寒の地、ロウドハーツ。 吹雪に閉ざされた塔で、老人は嗤う。 「見え、た…………セイラムの光だ」 この暗闇が立ち込める島にも届いた。 かの眩いまでの光が。 「ま……だ、朽ちるわけにはいかない」
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純白の光が全てを浄化したのをロイは見た。 動かなかった身体に力が入る。 傷が癒されたのだと悟る。 身を支えてくれる者に気付いた。 つい先日出会ったばかりの、とても綺麗な女の子。 迷うように、彼女は泣いていた。 思う。 迷う事の意味を。 泣くという、強烈な感情の発露を抑え込む意味を。 自分の為になら迷いはしないと思う。 自分の中で完結するならば、迷った果てに泣くだけだから。 だから。 彼女はきっと、悲しみを抑え込んででも、誰かの為に迷える人なんだ。 困った。 泣かれるのは苦手だ。 しかもそんな泣き方だとどうすればいいのか分からない。それに、分からない以上に心配だ。気になって仕方がない。 彼女は一体誰なんだろう。 あの時一体なにを頼もうとしたんだろう。 断ったせいで泣いているんだろうか。 そんな苦しそうに、感情を塞き止めちゃいけない。 そんなに苦しいなら、俺に分けてくれ。 思い、ロイは手を伸ばす。 伸ばした手に乗って、莫大な感情が溢れ出した。 それがどんな感情なのか、まだロイには分からない。 分からぬまま、心は自然と歩を進める。 きっとそれが正解だ。 少年は誓う。 彼女を守りたい。守ろうと。 誰一人知られぬまま。 誰かの為に迷い続ける少女の為に、少年は誓った。 折れていた筈の手で、クゥナの頬を撫でる。 「クゥナ……」 「うん」 「凄く、綺麗だ――――」 困ったように笑われてしまった。けれど、泣かれるよりはずっといい。 笑っていて欲しいなと思う。それが一番だと思うし、楽しい感情だろう。 それにしても本当に綺麗だ。
「――――その翼」
一対の、純白の翼。 少女は笑っていた。 迷った末、笑みを選んだのだと知った。
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かつて大きな戦いがあった 世界を覆い尽くさんばかりの戦い 多くの者が戦い 多くの者が 死んだ そしてある日 今まさに戦いの始まろうとしている地に 神の使者が降り立った その者 武器も持たず 防具も持たず ただ声のみを以ってこう訴えた 「争いを止めましょう」 と その者 幾度殺されようともたちどころに蘇り 何を言われようとも屈することなく 平和を訴え続けた いつしか彼女の周囲には多くの人が集まり 皆 平和を訴えた その数戦場を埋め尽くし やがて 争う二国すら吸収し 新たな王国が作り上げられる 永久の平和を望む国 ホルノス王国 そして その建国王はこう呼ばれた 大天使“セイラム” と
それから幾年月 平和を謳歌した国は滅んだ 同じく平和を望み 平和を求めていた者達の手によって 時代の流れは様々な者を生み出す
問い掛けを放つ者 未来を求める者 過去を求める者 戦う意味を求める者 愛情を求める者 覇道を求める者 救いを求める者
闘争に生き 歩み続ける者 何もかもを守り抜こうとする者 たった一人を守り抜くと誓う者
全てを俯瞰し手繰る者
数多の人々が交錯し 時代は新たに紡がれる 悠久の時を超え 再び
その日 天使が舞い降りた
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